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 私は韓国の女性と結婚して韓国に渡り、12年間の韓国生活を経て帰ってきました。現在は、韓国法人である印刷・出版会社の日本支社に勤務しております。
 異国人の妻との共同生活を通して、そして実際に韓国で滞在してときに経験したことを根拠として、日常生活の中で感じるをアップしていきたいと思います。
【(株)成誌イーディーピー SEISHI EDP CO,. LTD】
26.音楽チャートで善戦するK-POP
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     土曜日の深夜0時55分にTBSで放映する「CDTV」(カウントダウンTV)を偶然に見た。
    http://www.tbs.co.jp/cdtv/

    最初は50位からのカウントダウンが始まった、日本に帰国して以来、J-POPは聞いて来なかったので、最近の曲調やサウンドの動向を把握しようとしてチャンネルを固定したのであった。
     若者向けのシャキシャキという金属音のようなサウンドが耳についた。韓国の歌謡曲もこれほどの金属音を鳴らす曲は限られいるように思う。
     また、意外と演歌もランクインしているものが多く、日本では年配層のCD購入が依然として力を持っていることを思い知った。韓国では、TVで演歌歌手が出て来て歌うことは多々あるが、CDの販売は冴えない。従ってチャートは10〜30代層の動向に左右されやすく、演歌が上位にランクインされることはまれである。

     50位〜11位までと51位〜100位のチャートが紹介され、若者向けの歌謡曲と演歌が紹介される傾向は変わらないので、10位より上も同じような傾向であると高をくくっていた。

     ところが、びっくり仰天なのが、
    4位にリュ・シウォンの曲「君と僕」が入っているではないか!
     日本でこれ程までにK-POPに人気があるのに驚いたというよりも、韓流に今でもはまっているおばちゃん達の熱狂に圧倒されてしまったのである。どれほど韓流スターが好きなのか、お金に余裕のある女性陣のCD購買意欲に感心してしまった。

     しかし、サプライズはここに止まらず、
    2位「いつか」 イ・ビョンホン
    1位「呪文-MIROTIC-」 東方神起
     なんと、トップを獲得していたのであった。

     K-POPと日本のおばちゃんパワー、恐るべし。

    | 文化 | 22:42 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
    24.高麗神社と聖天院
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       韓国人の友人と共に、「高麗神社(こまじんじゃ)」と「聖天院(せいでんいん)」を訪問してきた。埼玉県日高市に位置する神社と寺院である。


       フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によると

       高麗神社 (こまじんじゃ)は埼玉県日高市新堀字大宮に鎮座する神社。

      埼玉県日高市、飯能市一帯は716年武蔵国高麗郡が設置された地である。668年唐に滅ぼされた高句麗からの亡命者を安置したもので、705年には高句麗王族とされる高麗若光に朝廷から王(こきし)姓が贈られている。高麗神社はこの高麗郡大領・高麗若光を祭る。敷地内には江戸時代に建てられた高麗家住宅がある。 なお、この神社では浜口雄幸、若槻禮次郎、斎藤実、小磯国昭、幣原喜重郎、鳩山一郎らが参拝後に総理大臣となったことから「出世明神」と崇められるようになった。

      現在では大韓民国の駐日大使や祖先に朝鮮人を持つ各界著名人が参拝しており、掲示された芳名録には芸能人の名も多い。

      入口には将軍標(しょうぐんひょう・ジャングンピョ)があり、これを模したものが西武池袋線の高麗駅の広場に建てられている。




       また、「聖天院」の拝観券の裏面にある説明によると、

      聖天院は奈良時代に高句麗より渡来した高麗王若光の菩提寺として、侍念僧勝楽上人により天平勝宝3年(751年)に創建されました。若光の守護仏聖天尊を本尊として爾来600年間法相宗の道場でありましたが、貞和年間(1345年)中興秀海上人の代に真言宗に改宗されました。天正年間(1584念)圓真上人により不動尊(胎内仏弘法大師御作)を本尊とし聖天尊を別壇に配祀し、現在に至っています。江戸時代には高麗郡の本寺として、門末54箇寺を擁するほどの隆盛を誇り「院主の格式は諸侯に準じる」とも記録されています。


       高麗神社の参道には著名人が植樹した杉があり、「三笠宮殿下」、李朝最後の皇太子の「英親王 李恨殿下」と日本人の殿下妃である「李方子様」といった皇族に属する方の物や、歴代の駐日韓国大使の物があった。
       また、「出世明神」という別称があるように、日本の政治家、法曹関係者、日韓の著名人が、寄贈者の名前として羅列されていた。
       大きな規模を持つ神社ではなく、多くの参拝者がいた訳ではないが、皇族を始めとする著名人が参拝する事実から見て、日本に大きな影響を与えている神社であると感じた。

       一方、「聖天院」も高句麗から渡来した王族の菩提寺として創建されたのであるが、驚くことに寺の紋章として「菊の御紋」を使用していた。「菊の御紋」の使用が許されていると言うことは、皇室との深い関係があることを意味していると思われる。現実として今上天皇が、桓武天皇の母が百済の王族の出身である事実を挙げられ、皇室の先祖が朝鮮半島との繋がりがあることに言及なされたことは耳に新しい。

      | 文化 | 11:55 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      22.韓国人に乞食頭と錯覚させた日本女性の髪型
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         3年前に家族で日本に永住帰国したが(老後は韓国で住むかも知れない)、家内が日本の女性の髪型を見て開口一番、「日本の女性は乞食みたいな頭をしている」と言い放った。
         後ろから見ると、首から下の部分にかけて髪をすいて髪の量を減らし、髪の先端の長さは一定になっておらず、クラゲみたいな髪型のことである。髪型名は知らないが、現在でも流行している髪型であることは確かである。



         この髪型は、本人なりに相当手入れをしているであろうと憶測できるが、韓国人が何の偏見もなしに見ても、髪の手入れをしない乞食のように見えてしまうのであった。
         同じ髪型を韓国人が見たら乞食くさく見え、日本人が見たら流行を追っているように見えるのは、私が端から見ていて、興味深かった。

         以前、アメリカであるものが流行すれば、それが6ヶ月遅れで日本で流行し、更にその6ヶ月後に韓国で流行するという話を聞いたことがある。実際、ひざが破れたジーパンは、日本を通して韓国でも流行した。

         1年前頃から、乞食の頭と思われている髪型を、韓国でもタレントがするようになった。韓国人にとっては周囲から乞食と思われるような髪型を、タレントが率先してするようになると、既にその髪型は乞食頭と見なされず、最先端のファッションと評価される。

         日本で流行したというだけで、いずれ韓国での既存の評価が180度変わり、価値観が変わる現象を見た時、とても面白く感じた。
        | 文化 | 12:53 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | 昨年の記事
        18. 一歳の誕生日
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           今日(7/13)、NHKの早朝ニュースにおいて、九州島原地方に伝わる、子供の一歳の誕生日にまつわる行事の紹介があった。
           誕生日のお祝いには、餅を作って祝儀をくれた人に配ったり、また、大きな餅を作って誕生日を迎えた子供に踏ませ、無病息災を祈願する行事であった。
           その中で私の注目をひいたのが、紙幣、筆、物差し等を横一列に並べて、少し離れた所から子供を放し、最初に子供が掴んだ物が何であるかによって、将来の人物像を占うイベントである。紙幣を掴めば金持ちになり、筆を取れば学者になり、物差しを選べば技術者になると占うのである。
           韓国では、親戚や知人を招いて子供の一歳の誕生日を盛大に祝うが、島原地方と同じやり方で子供の将来を占うのが恒例の行事となっている。
           紙幣(金持ち)、糸(長寿)、米(一生食うに困らない)、鉛筆(学者)等を並べて、子供に選択させるのである。
           九州地方は、朝鮮半島に地理的に近いために太古より渡来人の往来が多くあったはずであり、その子孫達がこの伝統行事を受け継いで来たのかもしれない。
          | 文化 | 23:36 | comments(4) | trackbacks(0) | - | - |
          15. 日本の遊園地に思う
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             今日は、子供達を連れて、有名な遊園地に行ってきた。15年振りの来場で、妻子は初めてであった。アトラクションに乗るための待ち時間が平日にもかかわらず、最低でも30分位あり、子供達は待つのに疲れてしまい、更には子供達の想像を超えた来場者数の影響で、人に酔ってしまったようであった。次女が、頭が痛いと帰りの車の中で訴えるほどであった。
             このような人手を私は前もって予想し、それを理解して行ったのであるが、妻子達はいくら私が説明しても上の空で聞き流していたために、とても驚いたようであった。
             そして、子供達の学校の同級生が必ず一回は訪問する場所であるため、行かないと、これまた友達の話題について行けず、仲間外れにされるのではないかという親バカの精神から発した行動であった。高い入場料を支払い、ろくにアトラクションにも乗れないのを覚悟での来場であった。

             ここで、訪問した遊園地に関して感じたことを述べてみたい。

             第一に、入場券の種類が一日券(すべてのアトラクションに乗れる物)しかなく、大勢の人手で待ち時間が多く、乗れる回数が限られた今回の訪問では、とても損をした思いになった。
             私たちが行ったことのある韓国の有名な遊園地では、一日券は勿論存在するが、入場券(アトラクションに乗れない単なる入場券)、回数券(アトラクション用の回数券)、5回分の回数券が付与された入場券等、入場者各自のニーズに合わせたチケットが発売されている。
             この点、今日行った遊園地は、入場券をいくら高くしてもそれに関知せず来場するという馬鹿な人間が押し寄せることを逆手に取った、傲慢な思想に基づくチケット体系である。勿論、その馬鹿者の一人が私であることは明白な事実であるが。

             第二に、遊園地内には、私が見た限り、星条旗のみが掲げられており、日の丸が見られなかった。民間施設であるため、米国大使館や米軍所有の土地でないと思うが、せめて、星条旗とともに日の丸を掲げて欲しかったと思った。たとえ、遊園地の資本が米国であったとしても、日本国内であるため、日の丸が無くて淋しいと思ったのは私だけであろうか。

             第三に、お弁当持参での入場を制限することの不条理である。ポップコーン一つを買うのにも20分も待たされ、食堂では僅かな椅子とテーブルしか用意されておらず、これまた食事を買うのにも10分は待たされるという、現状におけるインフラの不整備を考慮した場合、弁当持参不可の方針は、これまた人を食った商売方針であると言える。

             以上、この遊園地に対する批判をした訳であるが、会場内の雰囲気、そしてアトラクションの面白さは、韓国の遊園地を上回る内容であったことは確かであった。そうでなかったら、高い入場料を払ってあんなにも大勢の人が来るはずがないからである。特に、会場から外の景色が一切見えないように細工したことに関しては感服したものである。韓国の遊園地では、必ず外の景色が見えるので、現実の世界に引き戻されることは必至であるからである。
            | 文化 | 23:32 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
            12 「鍋気質」の韓国人
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               本日の日経新聞朝刊、「地球回覧」欄に「黄教授事件と韓国の『鍋気質』」というタイトルで、韓国人気質を知る上で参考になるコラムが出ていた。
               韓国人は自らを「ネンビ(鍋)気質」と称し、熱しやすく冷めやすい鍋のようだと意味である。

               熱しやすい気質の一例を挙げよう。
               2002年に韓日両国で開催されたサッカーのワールドカップ大会の期間中、韓国で報道されたTVニュースは、快進撃する韓国の報道をするのみであった。本当にサッカーのことしか報道しなかったという偏向ぶりには、日本人として大いなる驚愕を覚えた。TV放送局は一般国民よりも冷静であり、客観的であるだろうという私の勝手な憶測から、少しはサッカー以外の海外消息を報道してくれるのではないかと期待したものだが、この私の願いは完全に裏切られてしまった。

               私の会社でも、韓国が試合する日には、社員全員が夜遅くまで会社に残り、TVの前で一堂に会して応援した。仕事そっちのけで、一杯酌み交わしながらである。勿論、サッカー場に直接応援に行った社員も少なからずいた。それも入場券を入手できず、競技場の外の電光掲示板を見ながらの応援であった。そして韓国が勝った日には、市民たちが街に繰り出し、徹夜で大騒ぎをして、うるさくて眠れなかったことを覚えている。

               このように熱狂する韓国国民の気持ちが理解できなく、親しくしている韓国人にそっと、その訳をきいてみた。
               「光復節」(8月15日、日本植民地支配からの解放日)以来、韓国でこれ程までに嬉しい日はなかったというのである。つまり、このように国民が一体となったことはなく、韓国人としての自尊心を満たしてくれることが今までなく、その鬱憤をこの機会に晴らしているというのである。

               一方、冷めやすい気質の例は、このコラムに紹介されているように、ES細胞を世界で初めて作ったとして科学雑誌に論文を掲載した黄教授を国民的英雄としてもてはやしておきながら、それがねつ造だとわかると、一部の熱狂的なファンを除き、手のひらを返したように冷たくなり、国民の関心が急速に薄れたということが挙げられる。

               そして韓国では「急げ、急げ」と急かされることが多い。
               ある知人の韓国人が告白していたが、日本で5年間勤務した後、韓国に戻ってきて感じたことが、韓国は常に緊張を要求されるという。日本ではマイペースで仕事ができたものが、韓国では常に急かされ、緊張するというのである。
               拙速の感があるものの、仕事の処理・進捗速度は、韓国が数倍早いことが多いと私も感じている。
               結果がどうであれ、とにかく早く判断して行動に移ることが良しとされる社会である。

               そして、ばくち好きな気質を持っているとも言える。韓国人は、事業に投資する時は徹底的に、そして速やかにするため、下した判断が正しい時は、大当たりとなって事業がいきなり発展することがある反面、判断を間違えると、多大なる投資をしたために廃業に追い込まれることが多い。韓国で起業したことのある人の殆どが1〜2回の大失敗を経験しているという。しかし、失敗したからと言って決して起業をあきらめることはなく、懲りずに何回もまた這い上がって来るので、韓国人は逞しい。

               ところで、日本人の仕事の仕方は、時間をかけて緻密に検討するため、遅々として進まないことが多いが、これは、大当たりはしないものの、だからと言って、大失敗をしないという結果をもたらす。決してばくちを打たない気質である。

               このように韓国人は熱くなりやすい国民である。わらが燃えるように、燃え上がるのが一瞬であるがゆえ、その火が消えるのも一瞬であるという事実は、納得が行くことである。
              | 文化 | 23:04 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |